Talk about Japanese


 二、三日雨が降りつづいた秋のある夕方のことです。近くの川が氾濫して、私たちが気がついた時にはもう胸まできていた洪水の中を命から避難しました。小屋は使えなくなり、新設な方が貸してくださった倉庫に移りました。その倉庫、つまり私たちの第二の家は駅に近く、果物市場のそばでしたので、毎日何人かの人が家へ入ってきて「すみませんが、お米を持っているのですが、夕方の汽車で帰るまでにご飯を炊いておむすびにしておいてくださいませんか」とよく頼まれました。そのたびに母とご飯を炊いておむすびをつくり。竹の皮などに包んであげていました。「お代はいくらですか」と言われても商売ではないし、「いくらなんでいえません」と言うと、皆さんが“こころざし”を置いていってくださいます。そのお金をいただくのが恥ずかしいこと。「いいです、いいです」なんてカッコいいことを言っても、燃料費などいろいろかかっているわけですから、いっそのこと、これで商売をやってみましょうかと母に相談しました。
 こういうときの私の決断はとても速いのです。まずアイデアを母にいいます。七輪を五、六個買うこと。なべ、まな板、包丁も今までの内輪的なものでは駄目です。食器も少し買ったり、貰ったりして、小さな土間が食堂です。土間に七輪を並べ、それぞれのひとのお米でご飯を炊きます。たいていの人は、全部をおむすびにしないで、ここでたべてきたいといいますから、みそ汁や焼き魚、漬物などで食べさせてあげます。
 お金は前ほど恥ずかしくなくいただけるはずなのですが慣れない母や私は顔の赤くなる思いでやっと値段を言い、「そこに置いてください」と食卓を指さして、おつりがあればさしあげるといった具合です。それでも早速、紙に「ご飯炊きます」と書いて出入り口のところに貼っておきました。

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